【背景】

NPO ゲートシティ多賀城とは史都を標榜する多賀城を拠点にするまちづくり組織である。多賀城には奈良・平安時代、陸奥国府が置かれ、東北地方の政治・軍事の中心とされてきたが、同じ役割を持っていた太宰府と比べて認知度の低さは観 光客数に如実に表れている。
実際、多賀城市内には多賀城政庁跡をはじめ、多賀城廃寺、多賀城碑などの特別史跡・重要文化財が点在し、それらを訪れると静寂のなかに悠久の歴史を感 じることができるが、各所のネットワークや訪れた人へのホスピタリティの面から必ずしも史跡を活かしたまちづくりを行っているとは言い難い。また、その周囲にはいわゆるロードサイドショップが押し寄せ、経済の原理の前に景観の保持が危惧されている。
さらに、意外にも多賀城市在住者自身が多賀城の歴史そのものへの関心・愛着が希薄な例が少なくないのが現状である。


【目的】

上記をふまえ、多賀城の歴史的史跡を活かしたまちづくりのビジョンを提示するとともに、実践的な活動を通してまちへの愛着を醸成することを目的とする。

【歴史】

平成18 年に「(仮称)史跡を活かした街づくりを考える会」として活動を開始し、月一回の懇談会を継続する中、「南門をつくる会」に名称を改めた後 、平成19 年度の多賀城市市民活動団体助成金に応募するにあたり「NPO ゲートシティ多賀城」と改めた。会員は20 名を越え、多彩な背景を持った人が集まっている。
平成19年度には、歴史探索ツアー、歴史の道・詩都景観形成事業ワークショップ(多賀城市と協働)、あやめまつり史跡探索ツアーを企画・実施し、平成20 年度には南北大路表示事業 、万葉茶屋運営かたくり植栽、たがすぽ歴史散策ツアーなどと幅が広がってきた。その間、河北新報誌上で取り上げられることも度々あった。

【今後の方向性】

まちづくりと一言で言ってもその範疇は広い。そのことはNPOゲートシティ多賀城の会員の増加とともに企画の幅が広がっていったこととも大きく関連してい る。
しかしながら、NPO ゲートシティ多賀城が歴史的史跡を活かしたまちづくりのビジョンを提示することを支柱としていることを改めて考えれば、長期的 な視点に立ち返る必要があると考えている。そのような中、「歴史まちづくり法」が制定されたことは、今後の活動に大きな意味を持つ。なぜなら、保存を旨としてきた文部科学省が、国土交通省、農林水産省とともにひとつの法律をつくり、相応しい計画案であれば、認定の上、特例処置・事業支援を得られるというものだからだ。さらには、同法では「NPO 等、多様な主体の連携のもと施策を推進」することが掲げられている。
グローバルスタンダードの中で多賀城が無個性な郊外都市になっていくのか、ここにしかない歴史的風土を継承したまちになっていくのか、牧歌的な判 断を避けるためにも、まずは同法の理解から始めたい。

フラッグのデザインは過去から現在、そして未来へと続く時間軸の中で、ひとつひとつの活動が続いていき、将来、南門を復元するかどうか賛否がある中で、象徴としてのゲートに向かっていくゆるやかな流れを表している。
下地は必ずしも南北大路表示事業で植栽したコスモスを表しているのではなく、むしろcosmos、つまり宇宙、秩序、調和を表している。下部で見え隠れしているのは、多賀城から出土した重弁蓮華文軒丸瓦(じゅうべんれんげもんのきまるがわら)瓦である。

報道記録・HP紹介記録

2017年
    2017/03/12 河北新報 「<震災6年>古代の万灯会を再現

2016年
    2016/10/03 河北新報 「万葉の里に薄桃色の彩り 多賀城跡でハギが見頃
    2016/07/23 毎日新聞 「多賀城跡:歴史的観光資源に 整備計画を策定
    2016/07/06 河北新報 「多賀城跡まちに生かす あす整備基本計画説明会
    2016/05/18 河北新報 「紫しとやか アヤメ満開
    2016/03/13 河北新報 「<震災5年>巡る時 祈りの輪


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